12/31/2010

Bartok : Mikrokosmos / Zoltan Kocsis

半年ぶりです。大晦日に。

バルトークのピアノ練習曲集、ミクロコスモス。Book1からBook6まで、計、えーと153曲あるのかな。
「かえるのうた」のような第一曲から始まって、Book6の曲になるともう、非常に現代。
思えば僕がバルトークの曲を初めて聞いたのは、高校生の時チック・コリアとハービー・ハンコックのデュオコンサートのCDで、ミクロコスモス第146曲の"Ostinato"を聴いた(そしてその演奏が、非常にスリリングだった)時だったんだと思う。

極端に言うと、チック・コリアのやっていることは、バルトークの和声感を、「リズム」「インプロヴィゼーション」という2つの要素の上で展開している、といってしまってもそう間違いではないような気がする。

それにしても、こんな変な練習曲集でピアノを始める子供がいたら、どんなピアニストになるんだろうか。
ちなみにこのCDですが、演奏は文句なしなんだけれど、若干残響が多いのが惜しい。好みの問題かもしれませんが。




(僕が持っているのは「ミクロコスモス」のみが入ったものですが、現在廃盤。&、同じ演奏家ならこのCDの方がお得。)
posted by nokad at 12:38 | Comment(0) | CD Rack "B"

06/16/2010

Bartok : 4 Pieces / 2 Portraits / 2 Images


大河ドラマは結構見るほうですが「龍馬伝」はあまり見ていません。
どうも、最初から「坂本龍馬」としてできあがっている感じで、いまいち一本調子で、面白くなく。(役者の演技による部分もあるかもしれませんが。どうも「福山雅治が「坂本龍馬の役」をやっている」という感じで。キムタクがどんなドラマに出ても「ちょ、おい待てよ!」とか言ってそうな気がする、あの感じですかね。)

まわりの人間も、もっと複雑で、きっと個人の欲と国家の危機感がないまぜになってたんだろうと思うし、坂本龍馬も、若いころはほぼ攘夷ひとすじというか、地元の祭りのヤンキー的なノリだったのでは、と思うし、年を取ってからは山気のある商人、という感じだったんじゃないかと思うんですよね。

さて、ベラ・バルトークの初期の管弦楽曲を集めたこのCD。
若書きというか、先達の影響をうけてフラフラしまっくていつつ、しかし好ましい楽曲集です。
特に気になるのはドビュッシーの影響。似た響きが随所に出てきます。
あとは、指事していたR/シュトラウスも。




posted by nokad at 02:14 | Comment(0) | CD Rack "B"

03/14/2010

Band of Gypsies : Taraf de Haidouks

ヨーロッパ各国を旅してまわる、有名ジプシーバンドの演奏をライブ録音した、2001年のアルバム。
ハイウェイ・スターか?タテノリか!
疾走する速弾き民族音楽。

風景も、ノスタルジアもあったものではなく、
ひたすらエキサイトメントな演奏です。
自分も含めて、このCD(NONESUCHレーベル)で爆発的に知名度が上がったこのバンド、
当時の映像を見てもやはり、大学生のような若い聴衆が多かった。

posted by nokad at 21:53 | Comment(0) | CD Rack "B"

02/13/2010

Bajofondo Tango Club : Supervielle

先日、あるロックバーで、人前で初めてDJをした。
狙った通りに受けた部分(選曲)もあれば、狙った選曲が意外に素通りされちゃったり、思わぬところで受けたりと、学ぶところ大。

人前で音楽を聴かせるという点ではバンドもDJも同じだが、
決定的に違うと思ったのが、

盛り上げるのは聴く人であって、聴かせる側ではない、というか、
バンドの場合、自分が盛り上げないといけない。

DJの場合、(上手くすると、)お客さんが自分で盛り上がってくれる。
「聴く人が曲に対して持っている記憶」が盛り上がりのエンジンになる。
次の曲が鳴った瞬間に喚起される、聴く人の、その曲にまつわるあれやこれや。

バンドでオリジナル曲を演奏する場合(特に曲の前のMCを考えてみると)、演奏する側が、その曲にまつわる自分のあれやこれやを語って、曲に関する情緒的サブテキストを与えてから(押し付けてから、とも言える)演奏する。

ステージにいる歌手が大切な人のために精一杯真心をこめて作った、しかし聴いたこともない曲を聴かされるより、自分が感情移入したことがある曲を、思いがけない気づきと共に提示されるほうが、盛り上がるのは当然のような気がする。

では、カバーはどうだろうか。昔、オリジナル曲を聴いたときの感動を呼び覚まされるだろうか?
コードやメロディ、つまり、「楽譜」(によって記されるもの)。と、「音(再生されたサウンド)」の2つで考えると、どうも、「記憶」が紐づいているのは楽譜ではなく、音であるような気がする。


閑話休題。
もはやワールドミュージックの紹介ブログのようになってきたが、
アルゼンチン発、タンゴ+クラブミュージックなBajofondo Tango Clubの2枚目(たぶん)。

タワレコで、タンゴとブレイクビーツをどのように合わせているのか、と思って試聴して、思いがけずかっこよくて購入。
暗さ、美しさ、洗練。

しかしそれ以上の深みには至らなかった。

"Cafe der Mar"とか、「なんとかHOTEL(忘れた)」とかのクラブ/ラウンジミュージックに属する作品かと。
個人的には物足りないけど、そういう意味で良く出来た音楽だと思う。
行きつけの美容室でいいんじゃないかと思ってかけてもらったら、やはり良いと判断されたみたいで、お買い上げになりました。


posted by nokad at 02:40 | Comment(0) | CD Rack "B"

02/07/2010

Area : 1978 gli dei se ne vanno, gli arrabbiati restano!

これは強烈!
非常に違和感のあるヴォーカル。
まるでリターン・トゥ・フォーエヴァーのようなサウンドのバンドの上で、地声/裏声、音程/ノイズを、自由自在かつすごく強力に行き来するヴォーカルのデメトリオ・ストラトス。

人間の声には人間が生理的に引き寄せられる、インパクトと親しみやすさが備わってると思うんだけど、この場合、デメトリオ・ストラトスが人間業を超えていて親しめない人もいると思う。スゴい。

タイトル通り1978年発表の、イタリアのプログレ・バンドAreaの代表作。
ストラトスはこのアルバムを最後に急死し、Areaは失速していった。
残ったメンバーによるインストゥルメンタル・アルバム"Tic Tac"のLPを持っているが、同時期のチック・コリアを若干軽くしたような「クロスオーヴァー」だった。
とはいってもそれは悪い意味ではなく、曲も即興もしっかりしているので、(この1978のインスト部分も)面白いのだが。

アルバム・タイトルをgoogleの言語ツールの助けで翻訳してみると、
神は去り、怒りが残った
という意味らしい。

通常の生活が、Areaの音楽を求める場面があるとはあまり思えないが、
聴くものの「常識を拡げる」作品だ。

そういえば、2回続けてイタリアの作品だった。




追記:デメトリオ・ストラトスは、ジョン・ケージの作品でも、まさしくストラトスにしかできないようなパフォーマンスの録音を残している。
posted by nokad at 02:30 | Comment(0) | CD Rack "A"

01/31/2010

Tony Arco Trio : Rather Odd...

昨日、N響のこれを聴いてきた。
シビれました。
かっこいいぜ、エドワード・ガードナー。
当たり前のように縦の線がきっちりそろい、ひとつひとつの音色が美しいことに加え、熱く颯爽として聴き応えがあった。
グリーグの協奏曲を弾いたセヴェリン・フォン・エッカードシュタインのピアノも、何かこう冷たい情熱のようなものがあり、よかった。
いい体験をした。

さて、イタリアのドラマー、Tony Arcoの、とてもライブ感のあるアルバム。
これはスタジオアルバムだが、ライブでこういう演奏を聴いたら、なんというか、得をした気分というか、「ジャズも捨てたもんじゃない」、という気分になるだろうな。

現在の様々なビートを経過した上でのヘッドアレンジを施した、ジャズ・スタンダード中心のハードバップ。
かなり近めの録音の、キック(バスドラム)以外、高めのチューニングでスコンと抜けのいいドラムが気持ちいい。なんというか、間違いなく4ビートも16ビートも演奏しているんだけど、バックグラウンドがどちらかに片寄っている感じがしない。セッションマン、という感じでもない。不思議。アメリカ人なんかだと、もっとはっきりとどっちかに寄っていると思うんだよね。

ピアノは、マッコイ・タイナーをもう少し軽く、スマートにしたという感じか。
意図的にか、ルディ・ヴァン・ゲルダー的な(あれよりも「近い」感じはするが)音になっていて、ちょっと面白い。

おすすめは、Billie's Bounceと最後のResolution(John Coltraneの至上の愛の2曲目です)。
ライブが見てみたい。

posted by nokad at 20:49 | Comment(0) | CD Rack "A"

01/23/2010

John Luther Adams: Red Arc/Blue Veil

アラスカ在住の作曲家、ジョン・ルーサー・アダムス。
このアルバムは、2人のピアニストとパーカッショニストによる演奏。

1曲目は、リバースされたり、ディレイをかけたピアノと思しき、ドローンのように鳴り響く低音の上で、左右できらめくピアノ。タイトルは、"Dark Wave"。

タイトル曲は、以下YouTubeで。




1曲目にしても、決して「暗い波」を音で表現している(笑)のではない。
しかし、曲ごとに受け取るものはすごくはっきりしている。

ある場所にいる時に感じるであろう脳の中の五感を、音が刺激しているような。

ジャケット写真のように、冷たく、清潔で、荒涼とした広い場所で乾燥した風に吹かれているような(つまり、アラスカか。)時間を過ごすことができる。

YouTubeついでに以下も。なんとなくわかっていただけるだろうか。



アラスカという特殊な地理に、まさしくその地理と分ちがたく結びついた感覚を提供してくれる音楽家がいること。
世界は広い。

posted by nokad at 02:21 | Comment(0) | CD Rack "A"

01/18/2010

Abercrombie, Johnson, Erskin, w/ Surman : November

阪神淡路大震災が起きた約1ヶ月後の神戸を歩いたことがある。
民家という民家の1階がひしゃげ、1ヶ月経っても公園で炊き出しなど行っていた。
自分の兄弟の家族が当時西宮市に住んでいて(幸い無事だった)、自分も行ったことがある近くの食料品店の方が亡くなったりした。
実際に被災した人の経験がいかなるものなのかは、なかなかテレビなどで伝わるものではないと思う。

ああいった体験を人がしなくてよいように、あるいは被災したとしても被害が最少になる施策を実現する政治家であれば、何億円うしろ暗い金をもらっていてもかまわない。

さてひきつづき"A"の人。
John Abercrombie(gt)、Marc Johnson(b)、Peter Erskin(ds)、そしてJohn Surman(sax)が何曲かに入る。トリオの曲はこれと同じメンツだ。
将来的に、けっこう好きになりそうなアルバムだ。

秋冬の(つまり今でもいい)の、紅葉が散る公園ででも聴きたい感じ。
アバークロンビー(このギタリスト以外で、Abercrombieというワードを見たのはAbercrombie & Fitchが初めてだ)のギターの冷たさ・遠さはいつにも増して格別だ。
ギターということを殆ど意識せず、「音楽」が流れている。

posted by nokad at 23:59 | Comment(0) | CD Rack "A"

01/12/2010

Eivind Aarset : Connected

2010年になってしまった。
このペースでは全く終わらないので、今後できるだけ書きとばすようにします。許してください。

1/30にN響のコンサートに行きます。目当てはショスタコーヴィチの第5番。
楽しみです。

さて、"A"に戻って、紹介する順を実は間違えてました。
先に紹介したEivind Aarset氏のこのアルバムを、先に紹介すべきでした。
・・・なんというか、淡々としたエレクトロニカという感じ。雰囲気ものです。

そもそも中古盤で買い、実は売ろうと思ったんですが見本盤だったため、売れずに手元に置いてあるという、だったら紹介しないほうがいいんじゃないかという立ち位置の作品でした。
なんか、ゴメン・・・

posted by nokad at 23:39 | Comment(0) | CD Rack "A"

12/13/2009

Katsuki Abe : Full Album

"B"の途中ですが、その間増えた、何枚かの"A"のアルバムを。

テレビの海外ニュースを見ていて、
なぜフランス人は普段着でもお洒落なのだろう、という話になった。
答えは、我々の「オシャレ」の感覚がフランス人を基準にして作られているから。
どうだろうね。

さて、安部一城(あべかつき)氏による、アコースティックギターのソロアルバム。"Milestones"や"Chicken"などジャズ・スタンダードとオリジナルが半々、一人オーバーダブないし、独奏による11曲。

実に、ちょうどいい音楽です。
メロディ(歌心)があって、リズムがあって。
退屈でなく、難解でなく。

個人的に一番好きなのは、一番最後のTHE REALという曲。全体に一曲ごとにギターの音色が異なるけれど(すごく楽しんで音を作っているんだろうな)、この曲は長めのリバーブがきいた音色で、隙間の多い譜割りで、フランス近代のような和音進行。

この曲もそうだが、オリジナル曲がいい。まさしく「良いあんばい」。
安倍氏はバーもやっていて、カウンターの中で料理もするが、氏の料理もまさにそんな、おいしさである。
ぜひ、どちらもお試しあれ。

abe_full album.jpg
posted by nokad at 16:21 | Comment(1) | CD Rack "A"

11/06/2009

Derek Bailey : Ballads

ごく個人的な意味で、ギタリストの自分にとって「聴く力」を試されるアルバム。

デレク・ベイリーのギター一本で、フリーなインプロビゼーションの合間にスタンダードのテーマが現れる。

ギターは、フルアコをアンプを通さず、マイクで録る、「ヴァーチュオーゾ」方式(Joe Passの同名アルバムより、おそらく150年後くらいに紹介。というか、今、上記の方式名を名付けた)。
ピックが、指が、どのような角度で弦にあたり、左手がどんなフォームか、までがなんとなく見えてくる。

それがやっかいだ。
そんな聴こえかたが始まると、もはや聴いているのは音楽ではなく、「手の運動を収録したもの」になってしまう。また、自分のがただその瞬間鳴っている音の解析をしているのみであることに気がつく。

しかし、少し距離をおいてこのアルバムを聴ければ、インプロヴィゼーションと「間」そしてほとんど一人でつぶやいているようなスタンダードのメロディを通して、「音楽」としか呼びようのないものが見えてくる。

音楽を良く聴くには、ある程度の距離を置くことが必要な場合もある。

posted by nokad at 01:57 | Comment(0) | CD Rack "B"

10/30/2009

Derek Bailey : Guitar, Drums'n'Bass

これまた、デレク・ベイリーの中でも特殊なアルバム。
音の壁である。

ドラムンベースのトラックに対し、歪んだ音色のデレク・ベイリーが浮遊し、時には暴れている。(ちなみに、97年発売のこのアルバム、オビにはドラムンベースではなく「ジャングル」と表記しているが、たしかにどっちかというと「ジャングル」である。)

曲はみんな同じに聴こえる。というか、自分はひとつながりの長ーい曲かと思っていた。

デレク・ベイリーはフリーフォームのインプロヴァイザー、と言われるが、個人的にはデレク・ベイリーは、フリー・フォームというより、彼自身が自分の目標に到達するために、オリジナルな文法を編み出した、という感じがする。
「それまでの言語」に対してフリーだったのであって、構成的だしセンテンスが存在すると思う。

ただし、ドラムンベースのように、テンポが早い曲では、ギター単体の語彙はどうしても限られてくる。

デレク・ベイリーでそうなんだとすると、自分もそうなるのは当然だ。(笑)

posted by nokad at 03:02 | Comment(0) | CD Rack "B"

10/28/2009

Derek Bailey : Pieces for Guitar

デレク・ベイリー。
「フリー・ジャズ」ではないフリーなインプロヴィゼーションを象徴するアーティスト。
なぜかCDでは自分は企画モノ的なアルバムしかもっていないのだが(笑)、
LPで持っている「derek bailey solo」やスティーブ・レイシーとのデュオではああ、まさしくフリー・インプロヴィゼーションという演奏が展開されている。

バッハとは違いますが、やはりこれも、生活感覚とは全くことなる時間の流れを発生させる音楽です。

ギタリストとしても(というか、ギターを使ってノイズを出す人(笑)としても)フレッド・フリスやアート・リンゼイ他、この人が切り開いた地平から発展していった人達には枚挙にいとまがない。

この人、についてはむしろデレクベイリーの著書(ラジオ番組をまとめた内容)「インプロヴィゼーション」を読まれたし。音楽をする人にとって、初期のうちに読んでおけば、かならずその後に影響する本だと思う。



さてこのアルバムですが、かなり初期のころのプライベート・テープ的なものを集めた?ギターソロ作品集。といっても全然音質は悪くありません。
むしろ、デレク・ベイリーの中で最も聴きやすいアルバムかも。完全にフリーになる少し手前の時期の録音なんでしょうね。
まず、音程があります。(そこからか!)
とはいっても、ドレミファソラシド、的な音階ではなく、十二音技法という感じですが。
例えば、バルトークや武満徹のピアノソロ曲に通じるものがあるかもしれません。


posted by nokad at 04:25 | Comment(0) | CD Rack "B"

10/24/2009

Burt Bacharach : The Best of Burt Bacharach

窓辺、テーブル、秋。
雨上がりの空気の匂い。
バート・バカラックを聴くとそんなものが思い浮かぶ。
間違いなく、バカラックの音楽が使われている映画やドラマの記憶なんだろうが。

音楽から想起する映像と、そのソースが本当のところなんなのか、は曲を作る自分にとって気になるテーマだ。

バート・バカラックというと僕らの世代で言うと「渋谷系」の文脈で聴いた人も多いはずだが、自分にとって大きかったのはエルヴィス・コステロとやったアルバム(このペースで行くと5年後くらいに紹介できそうです)。だった。

今回のベスト盤は、全てインスト+コーラスで、バカラック作曲の有名歌手(えーと、カーペンターズとかディオンヌ・ワーウィックとか、あと誰だ)の演奏は入っていないのだが、その分、改めてきっちり聴くとバカラックのアレンジのドラマティックさや、リズムがとても面白いことに気づく。
たとえばPromises, Promisesは、リタルダンドを含むめまぐるしいリズムチェンジが聴ける。プログレというか、フランク・ザッパ(200年後くらいに紹介できそうです)のよう。
メロディの良さについては言うまでもない。


posted by nokad at 20:50 | Comment(0) | CD Rack "B"

10/19/2009

J.S.Bach : Orchestral Suites No.2 & No.3, Brandenburg Concerto No.1 & No.2 / Karl Munchinger conducts Stuttgart Chamber Orchestra

ようやく、バッハシリーズも最後になりました。

存在感のある(グレン・グールドの)ピアノなどがない分、典雅に、さわやかに流れて行く演奏、というか時間。前にも書きましたが、個人的にバッハの音楽を聴くとどうも、今・こことは違うところで流れる時間の中にいるような感覚。

音楽とは、基本そういう(今ここではないどこかにいる気分)ものかもしれませんが。



posted by nokad at 22:49 | Comment(0) | CD Rack "B"
twitter

follow naokd at http://twitter.com

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。